謝罪文

坂上君の指摘によって完成したと思った原稿が穴だらけであることが判明し、俺は大いにへこんだ。書き直しを余儀なくされ、本当に原稿は完成するのかといった巨大な不安が俺を襲う。それに加えて、ゼロアカが持つ凶暴なプレッシャー、その他諸々のことがストレスとなり、容赦なく俺を苛んだ。そして心身ともいたく磨り減った俺は何もかもから逃げ出すことにした。
 逃亡するからと坂上君に連絡をする。電話口の向こうで何事かを喚く彼を無視しつつ携帯の電源を切り、羽田に向かう。行き先は大阪伊丹空港。50分かけて空を飛び、陸路で京都駅へ到着。ホテル飯田に宿を取り、そのまま酒を飲んで寝た。
 次の日、まず東寺で仏像を鑑賞する。仏像は最高の芸術品。俺から現実(ゼロアカ)を忘れさせ、時間(締め切り)を忘れさせる。仏像こそがこの世界の神で、ニーチェとかハイデガーとか氏んでいいと思う。仏像の精巧な造りは腐れた俺の精神を回復してくれる。いい気分に浸っていたところ、100人くらいの団体観光客が押し寄せて俺は興ざめし、とっとと三十三間堂に移動することにした。数多の仏像の圧倒的な圧迫感が俺を包み、一体一体舐めるように鑑賞しまくる。やはりここはいつ来てもグッドだ。仏像に満足した俺は血天井や襖絵を鑑賞し、一日の終わりに平安神宮で成功を祈った。
 三日目は奈良に足を伸ばすことにした。天理教のお膝元、天理駅で下車し、天理教本部の馬鹿でかさに驚愕し、山之辺の道へ。盆地の暑さの中、ハイキングを慣行する。環濠集落跡、古墳。古墳はそこかしこにあり、たいした感慨も沸かない。やがて、長岳寺に到着しそうめんを一杯頂く。古い寺には思わぬ良い仏像がある。芸術的な価値はともかく、古寺と山林と仏像の作り出す空間が感受性を高めるのだと思う。平たく言えば雰囲気ってことだ。それから二つ天皇陵を見て(でかい)十キロの道のりを制覇。京都に戻り、酒を飲んで寝た。
 四日目。レンタカーを借りて比叡山へと向かう。京都を一望できる景観を楽しみつつ、歴代の名僧が修行した延暦寺へ。山に散在するお堂や塔を回り、仏像鑑賞。修行僧とか普通にいたりして、毎日こんな山を行来きするとかそれだけで尊敬してしまう。俺は逃げ出してきたのだ。比叡山を降りて、滋賀方面、琵琶湖の側を通って、京都へ。もう暗くなって寺にもいけないので、レンタカーを返して酒を飲んで寝た。
 五日目、そろそろ帰ることにしてお詫びの意味も込めて坂上君に土産を買おうと思った。思ったけど、飛行機の時間とかいろいろあって結局買えず。手ぶらで戻った。空港についたらこの時間に帰ることがバレていたらしく、坂上君が到着ロビーで待ち構えていた。鬼のような形相だった。バラしたのは誰だと思ったら母親。そのままルノアールに連行されて、五時間付きっきりで原稿の書き直しを手伝ってくれた。自分の原稿もあるのに本当に申し訳ないなと思いつつ書きまくり、ついに原稿が完成。気分が良いのも束の間、帰りにソニーウォークマンを落としてしまった。
 次の日、イライラが収まらず新しい8ギガのやつを購入。そのまま帰宅せずにバイトへ。そしたら今度は帰りに携帯電話を落とした。探しに戻るけど、どこにもない。どうしよう困った。あれがないと坂上君と意思疎通を図るのが困難になる。自分の携帯に電話をかけると電源が入ってないとアナウンスが。どういう状況だこれ。一晩中の捜索も空しく、未だに困っている。原稿も進められなかった。ヤバイ。もう九月九日だ。
 というわけで坂上君、携帯落としました。原稿も出来ませんでした。ごめんなさい。