もうすぐアニメ化されそうな少女漫画を予想してみる

椎名軽穂の『君に届け』が近々アニメ化されますね。それにちなんで、というわけではないですが、「この作品は流石にアニメ化されるだろう」という少女漫画を二つばかり期待も込めてピックアップしてみたいと思います。

ちはやふる末次由紀

ちはやふる (1) (Be・Loveコミックス)

ちはやふる (1) (Be・Loveコミックス)

はい、これはもう鉄板ですね。100パー来年にはアニメ化されるだろうと言い切ってもいいくらいの大傑作です。いや、末次先生、よくぞ復帰してくれました。
かるたという一般にはひどく地味な印象を持たれている競技をここまで魅力的に描く技術は素晴らしいの一言。簡単にあらすじを紹介しておきます。
主人公の綾瀬千早は小学生の時分、名人の孫である綿谷新にかるたを教わり、真島太一を含めた仲良し三人組でかるたの楽しさを味わっていくのだが、新はさっくりと転校。そこから舞台は高校時代に飛び、東京に残った千早は太一と共にかるた部を作り、全国大会で新と再開することを誓うのだが、新は名人である祖父の死によるショックでかるたから離れてしまっていた。そんなこんなで色々な人間関係を含みつつ、千早率いる瑞沢高校かるた部は全国大会へと勝ち進み、そこでクイーンに惨敗したことで千早はようやく自分の夢を具体的に意識する……
ざっくり言ってしまえば「ヒロインの千早がかるたクイーンを目指す物語」です。ここで素晴らしいのが、単行本がすでに6巻まで刊行されているにもかかわらず、ほとんど色気のある話が出てこない点。新とも太一とも友達以上恋人未満(これは今月号の「BeLove」の表紙についていたキャッチコピー)な関係を保ちつつ、物語の中心はあくまでもかるたに懸命に取り組む千早と仲間達の姿。いささか主観的な物言い、というよりも少女漫画を全否定するような物言いになってしまうことを承知で言いますが、恋愛って物語においてかなりどうでもいい要素だと思うんですね。『風と木の詩』のセルジュや『トーマの心臓』のトーマ・ヴェルナーのような命を懸けた「愛」ならばともかく、中高生のうっすい恋愛模様とか結構どうでもいいと思うんですよ。最近は『星は歌う』とか『乙男』とか、「ホスト部」とかマジでヌルいコイバナ物ばかりが取り上げられアニメ化されてますが、少女漫画における「愛」とか「恋」ってそういうもんじゃないだろーと突っ込みを入れたくてしょうがない。
ちはやふる』の場合、恋愛よりも先に夢や情熱が来ていて、そこの熱量が圧倒的に凄いわけです。

末次さんの演出や絵の上手さも相まって、札を見つめるシーンではこちらの息が詰まりそうになるくらいのリアリティがあります。そうしたある種の緊張した空間を形成する仲間がいて、彼らを大切に思うというのは、浅薄なくっついた/別れたを描く漫画よりもよほど「愛」に満ちている。どうにも、最近の少女漫画は、「恋」と「尊敬」を完全に分断して前者だけを抽出してくるようなところがあって気持ち悪いなあと思ってしまうのです(ちなみに『君に届け』はまさにこの二分法を問題にしているので批評的に好きです。いい加減貞子の鈍感さがウザいけど)。
そんなわけで、今『ちはやふる』がアニメ化され、ブームとなれば、少女漫画全体の方向性にも影響を与えてくれるんではないかなと思います。すでに本作は「日本マンガ大賞」も獲得し、「このマンガがすごい!!」の少女漫画部門でも昨年3位に入っているので、自然にアニメ化されそうな気もしますが。

うさぎドロップ宇仁田ゆみ

うさぎドロップ (1) (FC (380))

うさぎドロップ (1) (FC (380))

ざっくり言ってしまえば育児漫画。主人公が大吉は祖父の隠し子であったリン(当時6歳)を引き取るところから物語は始まる。育児漫画とは言っても子育ての苦労をネガティブに描くわけではなく、問題を抱えつつも大吉とリンが幸せに暮らしていく描写が素晴らしい。なんだけど、この作品が本当に面白くなるのは5巻以降だと思われます。5巻になると、6歳だったリンは突如高校生に進化していて、進学や恋に悩む普通の女の子になっています。
ただ、これが単なる恋愛漫画と違うのは、ストーリーの目として常に父代わりである大吉が機能しているという点です。リンの「お相手」であるコウキ君は幼稚園からの幼馴染で、大吉とも家族ぐるみでの縁があります。大吉がコウキやリンを大切に思うように、二人も大吉を象徴的な父親として信頼しています(ちなみにコウキの両親は離婚しており、母親と二人暮しという設定になっています)。そして私たち読者は大吉の眼を通して物語を辿ってきたがゆえに、コウキとリンの恋愛に対してもどこか父親的な視線を送ってしまう。
ここには感情移入の錯誤があります。つまり、私たちは単にリンに萌えるのではなく、コウキとリンの二人の関係性そのものを応援する心理になるわけです。当たり前のことですが、恋愛が二人だけで完結するような地平に、我々はそうそう遭遇することはありません。友達や家族、社会といった環境の磁場に置かれながら我々は恋をする。少女漫画でしばしば見失われがちなこの環境に対する視点を、幼少期からのリンをデータとして読者に伝えることで確保する(=自分を親であると錯覚させる)という技法が本作には用いられています。
宇仁田ゆみは、おそらく少女漫画家というよりはレディースコミック畑の人という認識の方が強いはずです。ただ、岡崎京子安野モヨコこいずみまりといった作家の方が、むしろ「愛」を誠実に描こうとしているというのが最近の僕の考えです。どうにも、今の「花ゆめ」や「りぼん」は「遠景なきセカイ系」とでも呼ぶべき様相を呈している。それに比べると、レディコミ系の作家やエロティクス系の作家(志村貴子さんとかですね)、あるいはよしながふみ中村明日美子などのBL作家の方がよほど「少女」を知っているように思われるのです。


・そんな感じで『ちはやふる』と『うさぎドロップ』。この二つは来年あたりアニメ化されるだろうという予想でした。他にも色々といい漫画はあるんですが、なにぶんアニメ化したときに動きが乏しくなりそうなものが多いんですよね。『テレプシコーラ』とか、今の山岸さんの絵だとアニメにするのは厳しいだろうし、『放浪息子』なんかもテーマ自体が重いし。
もちろん、いい作品が全てアニメ化されなければならないなどと考えているわけではないのですが、昨今の少女漫画→アニメ化の流れだと、面白い作品が知られないまま少女漫画のパブリックイメージが形成されそうなので、いくつかの作品にはテレビで流れてほしいなあと思ったりもするのです。